2022/09/10(土)天孫ニニギノミコトが高千穂峰に天降り、結婚して御子をもうけ、その孫として初代神武天皇がお生まれになったと古事記は記します。
今回は天皇の始祖の地と本年霧島神宮の「拝殿・幣殿・本殿」が国宝に指定されたのを機に拝殿からの特別拝観と国の重要文化財に指定された鹿児島神宮を参拝します。
原口先生の深い知識と視点から辿る古への懐古の旅をお楽しみください。
行程の詳細は次をクリック040910原口教授の野外歴史教室
おかげさまで満席となりました。ありがとうございます。

2022/09/10(土)天孫ニニギノミコトが高千穂峰に天降り、結婚して御子をもうけ、その孫として初代神武天皇がお生まれになったと古事記は記します。
今回は天皇の始祖の地と本年霧島神宮の「拝殿・幣殿・本殿」が国宝に指定されたのを機に拝殿からの特別拝観と国の重要文化財に指定された鹿児島神宮を参拝します。
原口先生の深い知識と視点から辿る古への懐古の旅をお楽しみください。
行程の詳細は次をクリック040910原口教授の野外歴史教室
おかげさまで満席となりました。ありがとうございます。

2022/05/28(土) 久しぶりの「原口泉教授の野外歴史教室」です。
コロナ感染状況に鑑み 03/12(土) から再度延期になったものです。
島津斉彬公が藩主になって今年は170年となります。嘉永6年(1853)藩主となって2度目のお国入りを果たします。
この年11月12日から45日間に亘って、向潟(大隅)巡見を行っています。今回は最初の錦江湾沿いの巡見ルートを紹介します。
原口先生の深い洞察力と軽妙な語りで斉彬の魅力に迫ります。
詳細は次をクリック下さい0528斉彬向潟巡見ちらし
おかげさまで満席になりました。ありがとうございます。

2022/05/01(日) 今年は岩崎與八郎翁生誕120年にあたります。一代で築いた岩崎グループはフォーブス誌にも取り上げられました。鹿児島商工会議所会頭を18年務め、鹿児島の経済界を牽引し、数々の学校創立にも貢献し、東京の岩崎学生寮・岩崎奨学会など教育界に最大の貢献をした人物として知られます。その原点は曾於市岩川にあり、その人生には数々のエピソードがあります。
詳細は次をクリックしてください。0501與八郎翁顕彰ツアーちらし

2021/09/25(土) 好評にお応えして、9/11のツアーの第2弾となります。
コロナ感染の状況に鑑み 5/22(土) から延期になったものです。
今年は斉彬公が藩主に就任して170年になります。7年間の短いリーダーでしたが、その間の活躍は凄まじいものであったことはご存知のとうりです。
その短い藩主生活の間に45日間の向潟(大隅)巡見をしています。今回はその一部を理事長今井俊子がご案内致します。
詳細は次をクリック0925斉彬向潟巡見2 ちらし
おかげさまで満席となりました。ありがとうございます。

(月窓亭の風雅なアプローチ)
2020/11/4(水)~11/6(金) 2泊3日 満を持して催行いたします。
数々のヨーロッパ文化が黒潮に乗ってもたらされた種子島。
一方では平家の血脈が受け継がれ、雅な風土が息づく種子島。
どこまでも真っ青な空にロケットが白い尾を引いて飛び去る種子島。
異文化と雅と最先端の科学が溶け込んだ種子島にお出かけになりませんか。
詳細は次をクリック種子島ツアーチラシ.docx
おかげさまで満席となりました。ありがとうございます。

2020/10/17(土) 指宿は11万年前の大噴火でできた「阿多カルデラ」の中にあります。
その痕跡を鹿児島大学名誉教授大木公彦先生の軽妙な解説で探りに行きましょう。
詳細は次をクリック阿多カルデラ指宿ちらし
おかげさまで満席となりました。ありがとうございます。

2020/09/19(土) 春に計画、中止したツアーのリベンジです。
義弘は日向の伊東氏に対峙する為、妻の宰相殿と真幸院(えびの)で26年間も過ごしました。武人としての義弘はよき夫、よき家庭人でもあったようです。
薩摩武士の鑑とも言われる新納忠元は牛屎院(大口)を35年間も守りとうしました。秀吉と対面した時、武人として、教養人として本領発揮しました。
詳細は次をクリック0919義弘を旅する・えびの編
おかげさまで満席となりました。ありがとうございます。

2020/03/19(木) 恒例の春の一日遠足です。甘くて、シャキシャキっとした指宿のスナップエンドウ狩りをしたら、山川と知覧を散策しましょう。
春風を感じにご一緒しましょう。
残念ながら中止となりました。

2020/05/16(土) 2019年は島津義弘没後400年でした。私どものライフワークともいうべき「義弘の生涯を旅する」は今回「義弘公の真幸院26年間と新納忠元公の牛屎院35年間」を取り上げました。真幸院はえびの市(飯野)一帯のことで、牛屎院は伊佐市(大口)一帯のことです。義弘公は飯野で愛妻宰相殿との間に5男1女をもうけています。闘将の別の側面は良き夫、良き家庭人でした。忠元公の真髄は忠元神社、関白陣に見て取れます。
今回は27名様限定です。お早目のご予約をお待ちしております。
詳細は次をクリック0516義弘を旅する・えびの編
残念ながらツアー中止としました。

2020/03/28(土) 2019年は島津義弘没後400年でした。私どものライフワークともいうべき「義弘の生涯を旅する」は今回「義弘公の真幸院26年間と新納忠元公の牛屎院35年間」を取り上げました。真幸院はえびの市(飯野)一帯のことで、牛屎院は伊佐市(大口)一帯のことです。義弘公は飯野で愛妻宰相殿との間に5男1女をもうけています。闘将の別の側面は良き夫、良き家庭人でした。忠元公の真髄は忠元神社、関白陣に見て取れます。
今回は24名様限定です。お早目のご予約をお待ちしております。
詳細は義弘を旅する・えびの編
世情により 5/16(土) に延期致します。